寄付が創造する家族の未来、地域のつながり~「神奈川子ども未来ファンド」 の活動に見る


社会のニーズが多様化し、行政ではカバーできなくなった公共サービスを、NPO法人などの民間セクターが担おうとする「新しい公共」という概念が浸透してきている。しかしながらNPO法人をはじめとするそうした非営利セクターは、資金難に陥りがちだ。「新しい公共」の担い手の資金をどのように調達するか-。
全国に先駆け2003年から、「地域限定・テーマ型」の市民ファンドを運営してきた「神奈川子ども未来ファンド」の事務局長・米田佐知子さんに、新しい公共の担い手である非営利セクターが、運営を持続可能にしていくための資金調達のあり方や、市民と活動団体をつなぐ寄付の可能性などについて聞いた。
<きっかけは自分自身の子育ての苦労>
―米田さんが非営利活動に関わるようになったきっかけを教えてください。

米田 結婚して大阪から横浜に引っ越して来た際、買い物に便利で職場に近いという条件で選んだまちで、子育てに苦労しました。都会の便利さがある反面、顔見知りが少なく、同じ年頃の子どもを抱える親ともなかなか出会えません。夫が帰ってくるまで1日中誰とも会話しないような孤独な育児がつらく、「児童虐待予備軍」に足を踏み入れていたなと、自分で思い返します。この子育ての苦労が、今の活動の原点で、最初はつらさを分かち合える仲間がほしいと思っていました。
―最初はどのようなアクションを起こしましたか。
横浜市パートナーシップ推進モデル事業「港南まちづくり塾」に応募し、採用されました。それから区の広報誌で仲間を募集し、子育てを通して見えてきたまちの課題とその改善を考えるNPO「子育てまち育て塾」を1996年に発足しました。
▽子育てまち育て塾
https://machisodate.amebaownd.com/
▽子育てまち育て塾(Facebook)
https://www.facebook.com/kosodatemachisodate/
<市民ファンドの果たす役割>
―「神奈川子ども未来ファンド」に参加した経緯を教えてください。

米田 「子育てまち育て塾」を通じて他地域の類似の活動とも接点ができました。そのつながりで行政提言の意見募集をした際に、私は横浜市になかった児童館が欲しいと考えていたので、当然同様の意見が多く寄せられると思っていました。しかしふたを開けると、学校給食のアレルギー問題から環境問題まで、様々な意見が寄せられました。あらゆる社会のテーマが、子育てを切り口に見えてきたのです。
この活動は、活動する団体間のつながりをひろげて「よこはま一万人子育てフォーラム」というネットワーク組織になりました。
▽よこはま一万人子育てフォーラム
https://blog.canpan.info/1mannin/
 地域や行政との接点が生まれて、次に非営利団体と企業がうまくつながっていないと感じました。子育てしやすい環境を整備していくとき、「働き方」は重要な要素です。
このため、企業とNPOがうまくコミュニケーションを取れる仕掛けが必要だと、考えるようになりました。「子ども・若者・子育て中の親などの当事者と、子どもの成長を応援したい人をつなぎたい」という意見も出てきました。
こうした状況の中、NPOの中間支援組織から「市民ファンド」の構想が出てきました。活動資金に困っているNPOをつなぎ、寄付を募る窓口をつくろうという発想です。個別のNPOへの対応は難しいと考える企業にも、うまく情報を発信することができるいい仕組みだと思いました。
アメリカの先行事例を手本に、日本で同じようなファンドを作れないかと、神奈川県内で子ども・若者・子育て支援を行う複数のNPOとNPO中間支援組織が集まり、2001年6月に設立準備委員会を立ち上げ、2003年にNPO法人「神奈川子ども未来ファンド」を設立し、2005年には、寄付金が税控除の対象となる認定NPO法人となりました。
▽NPO法人神奈川子ども未来ファンド
http://www.kodomofund.com/
ブログ:http://blog.canpan.info/kodomofund/
<寄付金集めの現状と課題>
―市民ファンドで実際に寄付を募る際の苦労や課題はありますか。

米田 当初、設立準備委員会では、「年間4000万円集めて、そのうちの3000万円を10団体に助成するファンドを目指す」という内容で協力を呼びかけていました。多くの組織が、「構想としてはいいが、軌道に乗ったら話を聞きたい」という反応でした。
ファンド関係者の側にも、寄付を呼びかけることに多少の躊躇がありました。でも、この構想に可能性を感じ、初期から賛同してくれた人や組織があったからこそ、これまで活動してこられました。
そもそも市民ファンドというものが周囲になく、認知度が低かったため、設立当時は苦労しました。同時にNPO法人をはじめとする非営利団体の存在そのものも、市民にあまり身近に受け止められてないということもわかりました。
 いまだにNPOが、どのようなことをする団体なのか、身近に感じられていません。例えば2010年のクリスマス以降話題になった「タイガーマスク運動」のように、子どもに支援をしたいと思った時、多くの人々が思い浮かべるのが、公的施設や地域の学校です。
「非営利組織へ貢献の気持ちを託そう」「投資をしよう」と、すぐに発想がつながらないなと痛切に感じます。NPOの認知度や信頼度を上げるために、もっと多様なやり方で伝えていなかくてはと感じています。
―寄付をもっと集めるために必要なことは何でしょうか。
米田 私たちのような市民ファンドや、NPOの「目的」「活動」「成果」を知ってもらうこと、そして寄付をお願いすることが重要です。ただし多くの人に知ってもらいたいと思っても「子どもの支援に関心を持っていない」「NPOは遠い存在」と感じている方に理解してもらうには、時間がかかります。
私自身の経験から、確かな周知方法は、ファンドのテーマである「子ども」について関心を寄せて、地域で活動している人やその周囲にいる人・組織に、まずファンドを知ってもらうことが、一番有効でした。他のNPOでも同じで、全く面識のない誰かに向かっているつもりで、広く社会に対し声を上げても難しい。まずは活動している本人の家族や友人、知人に活動内容を知ってもらい、賛同を得ることが地道なようで効果的だと思います。
また、多くの人が名前を知っていたり、好ましく思っていたりする著名人に、ファンドの応援団になっていただきました。

2011年11月26日に横浜市中区の関内ホールで再演された朗読劇「ハッピーバースデー」(朗読劇実行委員会、神奈川子ども未来ファンド、関内ホール、オフィス・デュオ主催)で、「ばあちゃん役」を務め、かつプロデュースもして下さった声優の野村道子さんもそのお1人です。
テレビアニメ「ドラえもん」で初代のしずかちゃん役を演じた大ベテランの野村さんは、横浜市在住。子ども虐待やいじめをテーマにした「ハッピーバースデー」の原作を読んですぐに、「これは朗読劇になる」と思い立ったそうです。野村さんが、ファンドの活動に賛同くださって、11月の児童虐待防止推進月間のチャリティ公演として一緒に主催者になってもらっています。
▽チャリティ朗読劇「ハッピーバースデー」
(次回2012年11月は横須賀で開催予定)
http://www.kodomofund.com/roudoku/index.html
<NPOに求められる情報発信>
―NPOの情報発信で、大切なことは何でしょうか。

米田 「役員・財務状況・定款」など基本的な組織情報の公開です。現在情報を探す多くの人が、インターネットの検索を利用します。紙媒体ももちろん重要です。しかしNPOみずからが自由に発信できる手段として、資金面や利便性を勘案するとウェブは有利です。
企業サイトが会社概要を出すように、NPOも基本的な組織概要を公開できた方がいい。
多くの団体が個人宅を連絡先にしていて、なかなか簡単に情報公開できないケースも多いです。
市民活動のサポートセンターを連絡先の住所にし、レターケースを置かせてくれる支援メニューを設けているセンターもあるので、活用するとよいかもしれません。少なくとも各地のサポートセンターや公益情報サイトが作成している団体データベースに、情報を載せておくだけでも違うはずです。
▽子どもの居場所情報箱(神奈川子ども未来ファンドNPOデータベース)
https://www.kodomofund.com/npo_portal/
<市民ファンドの展望>
―これからの非営利セクターの発展や資金調達について、ご意見をお聞かせ下さい。

米田 全国各地に市民ファンド設立の気運が高まる中、市民ファンド推進連絡会が2011年6月に発足し、当ファンドも参加しています。
新しい公共支援事業が進められている現在、行政主導の地域ファンドを設立する動きも見られます。民間で寄付を募り、その活用について報告をフィードバックするというコミュニケーションが、信頼を生んで次の支援に繋がると、私は思っています。
けれど、その資金の流れの中に行政が絡まると、寄付者は行政に寄付したつもりで、資金を受け取るNPOも行政から補助を受けた、と感じてしまう可能性があります。そこには民から民への信頼は生まれません。
本来直接つながるべき民から民への循環ができていく際に、行政の関わりが「横やり」になってしまわないよう、市民ファンドの意義を発信していく必要を感じています。
市民ファンド同士で、その定義の議論、経験や手法を情報交換し、この交流は非常に意義深いものとなっています。

▽市民ファンド推進連絡会(窓口:市民社会創造ファンド)
http://www.civilfund.org/
―これまでのファンドの活動で印象深かったことはありますか。
米田 寄付者が、どうして寄付をしているのか、伝えてくれることがあります。例えば色々な市民活動に参加したいけど、介護で時間が取れず、代わりに定期的にファンドに寄付をしている方。寄付を受け取る私たちの方が感謝しているのにもかかわらず、この方から送られてくるメールのタイトルはいつも「ありがとう子どもファンド」。こうした寄付に託された気持ちは、大切に受け止めたいと思っています。
 寄付を募りながら、逆に励まされることも多いのですが、その気持ちをちゃんと現場の活動団体に届け、その成果を寄付者へ報告するまでが、私たちの仕事です。孤立して、自分や社会をあきらめそうになっている子どもたち、親たちに、応援の気持ちを届けたいと考えています。
寄付金を多く集めれば、それだけ活動の現場は助かり、活動の質も高まります。だからお金もたくさん集めたいのですが、たくさんの人が気持ちを寄せてくれるということも大切です。ファンドというのは実はお金を集めるだけではなくて、応援の気持ちを集めて増幅し循環させる仕組みなのだと思います。
―東日本大震災に見舞われた今年は「寄付元年」とも呼ばれる。「神奈川子ども未来ファンド」のような基金の先行事例は、多くのNPOの参考となる。
 またファンドには、資金調達という機能だけでなく、困難な状況に置かれている誰かの手助けをしたいと考える市民と、現場で支援をしている市民・団体を結びつける機能も持ち合わせている。