子どもの「bなくらし」の感覚が 環境保全の未来を担う〜NPO法人 鶴見川流域ネットワーキング・岸 由二さん


横浜市が10月~11月にかけて展開している生物多様性の普及啓発キャンペーン「ヨコハマbフェスティバル2012」の一環で、10/27(土)に「ヨコハマbデイ2012~みよう、かたろう、やってみよう!「もっと身近に、生物多様性。」が横浜情報文化センター情文ホール(横浜市中区日本大通)で開催されました。「生きものにぎわうbなくらしのヒント」をテーマに、長年の鶴見川流域のフィールドワークを通じて体感した多様な生きもののつながりと、そのつながりが育まれる場としての「流域」について基調講演をした「特定非営利活動法人 鶴見川流域ネットワーキング」(横浜市港北区綱島西)の代表理事・岸由二さんに、話を聞きました。

創造するのは流域文化の「学習コミュニティ」

――まず、岸さんが代表を務められている「特定非営利活動法人 鶴見川流域ネットワーキング」について教えてください。
地球環境に配慮し、自然に適った暮らしを実践する地域の枠組みを、生態系の区分である「流域」ととらえ、鶴見川の周辺地域で「自然共生型都市再生」に取り組んでいます。前身は、1988年に東京都町田市にある鶴見川源流域で発足した任意団体「鶴見川源流自然の会」です。親子で一緒に川や森の中で遊ぶことから始まり、それがゴミ掃除や自然観察会につながり、少しずつ組織に育っていきました。町田のほか、川崎や横浜の鶴見川流域各地の団体と地域も広がっています。現在では、46団体のネットワークに育ち、企業や行政をはじめ、川崎や横浜の小学校などともつながり、防災や自然保全、観察学習支援など多彩な活動を展開しています。

「生物多様性」とは「生きもののにぎわい」のこと。

―― 「ヨコハマbフェスティバル2012」でテーマになっている「生物多様性」とは、どのようなものでしょうか?
「生物多様性」とは、毎日のくらしに追われて私たちが見失ってしまった「自然は共存すべき相手、愛すべき相手」だという本来の感覚を取り戻すことです。もともと、人間には生まれながらにその感覚が備わっていて、必要な時期にしっかりと体験することで形成されます。その時期は、幼稚園児から遅くとも12~13歳。その時期に、野外活動で自然に触れるなど、学ぶチャンスを作ることが大切です。「Biodivesity」は「生物多様性」と訳されていますが、英語世界での語感を踏まえて私が提唱してきた「生きもののにぎわい」という言葉がようやく定着してきました。

感覚を取り戻すきっかけは、「子どもへの愛情」

――子どものころに「自然は共存すべき相手、愛すべき相手」という感覚を獲得できなかった大人は、学び直すことは難しいのでしょうか?
チャンスは2つあります。ひとつは、自分自身で学ぶ必要性を感じた場合と、もうひとつは、子どもが学ぶきっかけを作ってくれた場合です。
例えば、自分の子どもや孫が川で遊んでいる様子を見て、「何が楽しいのか」「なぜ楽しいのか」が分からなければ「理解できない」と諦めるのではなく、なんとかその気持ちを理解しようとしますよね。この子どもへの関心こそが、「自然が共存すべき相手、愛すべき相手」ということを改めて学ぶきっかけになるのです。

楽しむ活動をきっかけに環境保全につなげる

――具体的には、どのような活動をされているのでしょうか?
わたしたちは、親子が一緒に自然を観察することができる場づくりに取り組んでいます。まずは河川管理者と安全な水辺を作り、そこが「生きもののにぎわい」のある楽しい場となるように魅力を発掘して発信し、さらに安全面でもしっかりとサポートします。環境整備・魅力づくり・安心サポートが整っていれば、何か特別なことをしなくても、子どもたちは自然と楽しみ、感動します。その様子を見ている大人たちも、少しずつ川に関心を持つようになり、さらには川の汚染や水害にも目を向けるようになります。関心が深まり、愛着を持ってもらうことが、川の保全へとつながるのです。

ありふれた体験でも「自然に触れる」ことが大切

――例えば、大都市である横浜に住んでいると、生きもののにぎわいを感じ取る「bなくらし」を体感するというのは難しいのでしょうか?
例えば、家の庭でダンゴムシを見付けて感動するのか、山に入って珍しいカエルを捕まえて感動するのかは、子どもにとってまったく違いはない。自然がない・学ぶ場所がないと思うのは、大人や社会の決めつけた見方でしょう。もしダンゴムシやカエルを直接見ることもさわることもなく、部屋の中でモニターを見て情報を得る環境ばかりだとしたら、子どもは情報だけで「知った」と満足してしまうかもしれません。そうなると、自然や環境のことを頭では心配しても足元の地球という現実に目が行かない、話題にすることはあっても行動に移さないそんな大人ばかりになってしまう怖れがあります。たとえ人間からみてありふれた生き物であっても、実際に「触れる」体験は、大自然を情報として「知る」ことよりも大切です。
――今後はボランティアとしてだけでなく、流域などの身近な自然に関わる事業に「仕事として取り組む若者が増えていってほしい」と考えていらっしゃるそうですね。今後は、どんなことに力を入れていかれるのですか?
我々の世代のように、仕事か社会活動のどちらか一方を選ばずに両方を「わしづかみ」にして全力を注いできた我々の世代とは異なり、自分の使命を仕事にして人生をかけたいという意識の若者たちが増えています。そんな20~30代のための環境を整えていくことが私たちのミッションだと考えています。
■岸 由二(きし・ゆうじ)さん(特定非営利活動法人 鶴見川流域ネットワーキング 代表理事)
慶應義塾大学教授
1947年東京生まれ。横浜市立大学生物科卒業、東京都立大学理学部博士課程修了。理学博士。進化生態学、流域アプローチによる都市再生論、環境教育などを専門とする。鶴見川流域、多摩三浦丘陵を持ち場とした都市再生活動の推進者としても知られる。著書に『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)、『環境を知るとはどういうことか』(養老孟司との共著、PHPサイエンス・ワールド新書)、『奇跡の自然』(八坂書房)、訳書に『利己的な遺伝子』(ドーキンス、共訳、紀伊國屋書店)、『人間の本性について』(ウィルソン、ちくま学芸文庫)、『生物多様性という名の革命』(タカーチ、監訳・解説、日経BP社)、『足もとの自然から始めよう』(ソベル、日経BP社)、『創造』(ウィルソン、紀伊國屋書店)、最新刊『10万年の地球未来史』(ステージャー、日経BP社)など多数。
【関連リンク】
▽鶴見川流域ネットワーキング(TRネット) | 鶴見川流域は「バクのかたち」
http://www.tr-net.gr.jp/