被災地の経験をみらいへ繋ぐ「かながわ311ネットワーク」

認定NPO法人かながわ311ネットワーク(横浜市神奈川区大口仲町)は、2011年3月11日の東日本大震災発生時に、「かながわ県民活動サポートセンター」と「神奈川県社会福祉協議会」「NPO法人神奈川災害ボランティアネットワーク」の3者の協働でスタートした「かながわ東日本大震災ボランティアステーション事業(以下、ボラステ事業)」をきっかけに誕生した団体です。ボラステ事業とは、被災者救援・復興支援のためのボランティア活動の一層の促進を図るため設置され、ボランティアバス事業(以下、ボラバス)を中心にイベントや勉強会の実施、物資提供、ITを活用した情報支援、県内避難者支援など、継続的な支援を展開した活動でした。

「新しい公共支援事業」

同団体は、2013年3月に約2年間の活動を終了したボラステ事業に携ったボランティアにより、2013年5月に現在の名称の任意団体として発足。現在は、被災地の岩手県、宮城県へボランティアを送り込んだボラバスの活動経験を活かした被災地への緊急支援活動や、神奈川県内の学校などでの防災教育、被災地復興支援にも取り組んでいます。
地震大国と言われる日本では、大震災は過去のものではありません。震災ボランティアを経験した視点から、教訓をいかに今後に活かしていくのかについて、代表理事の伊藤朋子さんと理事の石田真実さんに聞きました。

かながわ311ネットワーク代表理事の伊藤朋子さん(右)と理事の石田真実さん(左)

きっかけと出会い

伊藤さんと石田さんは、震災直後の2011年3月下旬の被災地を支援するボランティア募集時に出会いました。伊藤さんは、自身のスキルを活かせる情報系の支援で、石田さんは、「とにかく自分に出来る支援をしたかった」と、震災直後に神奈川県が募集したボランティアに参画します。伊藤さんと石田さんは、ボラバス立ち上げの際の運営スタッフとしてその仕組みの基盤づくり、実際の運行管理などの事務局として活動することになりました。特に石田さんは、ボラバスが運行される際のボランティアの募集や出発までのプロセスを支援する運営を担当し、伊藤さんは、バス運行全般の情報コミュニケーションの体制を整えていくことになりました。

試行錯誤重ね、被災地とボランティアつなぐ

被災地でのボランティアは、壊れ、流されたものの撤去や被災した家屋・側溝からの泥出しといった体力を使う仕事を担いました。当初は支援側にも道具がなく、スコップ片手に作業していたそうです。津波で建物が跡形もなくなった被災地で、重機が入る前に思い出の品を救出する「思い出探し隊」では、倒壊した家屋からランドセルやアルバムなどが見つかりました。地震や津波がいかに唐突に日常生活を破壊したのかを、ボランティアたちは肌身で感じながら作業をしていきました。

東日本大震災直後の募集では700人のボランティア志願者が集まったものの、こうした被災地ボランティアを神奈川から継続して送り出すには、参加者に経済的負担をかけず、しかも安全に参加できる仕組みが必要でした。

バス会社や神奈川県と交渉を重ねるなど、ボラバス運営はゼロからのスタート。募集・説明会実施・被災地側との交渉…。伊藤さんも石田さんも、ほかのボランティアメンバーとともに試行錯誤をしながら、少しずつノウハウをためていきました。

また、被災地に宿泊はできないため、ボラバスは日帰りの夜行便が基本です。現地への移動環境や体力を要する作業。過酷な状況のなかでも、熱意をもったボランティアが力を発揮できるよう、情報共有の工夫を重ねていきました。「一便一便の活動をリアルに早く伝える方法はないだろうか」。ボラバスが出発するその場での思いつきから、伊藤さんはボランティアステーション宛てメールアドレスを作成し、参加者がそこへバスや現地の様子を送りリアルタイムでホームページに掲載する「ボラバス速報」を始めました。

スマートフォンによるSNSの発信が一般の人に浸透する直前のことで、このメールによる速報はボランティアによる生の情報の蓄積になりました。「一便一便では、ちょっとずつしか進まない。けれど、このメール速報のおかけで長いスパンで変化をたどることができました」と、伊藤さんは言います。手探りから始まったボラバス事業でしたが、伊藤さんや石田さんをはじめとするスタッフの工夫によって、多くのボランティアの熱い想いを現地へと送り出す仕組みとなっていきました。

こうした努力が功を奏し、ボラバス運行の告知をすると、席数を上回る応募が集まり、リピーターも増えていきました。

神奈川県のボラバス事業は2011年度から2年間、岩手県と宮城県に371台を運行させ、のべ11,333人のボランティアを被災地に派遣するという、全国的にも例を見ない大きな実績を上げました。(※1)

ボラバスを通じて得たノウハウは、その後も、東日本豪雨災害(2015年)や西日本豪雨災害(2018年)支援時の迅速なボラバス運行の立ち上げに活かされ、神奈川県における被災地支援の形の1つとして活動を継続しています。

地域の特性を知り、自分たちで考える防災を

2013年にボラステ事業は終了しますが、まだまだ被災地に寄り添った支援活動が必要でした。被災地を訪れる度に、伊藤さんたちは現地の方々から「東北の被災の経験を神奈川で活かしてほしい」と言われました。また、被災地、特に岩手県釜石市では、義務教育年齢の子どもたちに、学校現場での防災教育が重要だという事を学びました。この想いを共有し、伊藤さんと石田さんたちは、ボラステ事業を共に担ってきた2年でできた仲間と共に、これからの神奈川の防災・減災に貢献できる活動として「かながわ311ネットワーク」を設立しました。2013年10月からはNPO法人となって活動を続けています。

NPO法人としてかながわ311ネットワークが、被災地支援と合わせて2015年から力を入れているのが、「被災地に学び、災害に備える」防災教育事業です。「首都直下地震 南関東域で30年以内にM7クラスの地震が起こる確立70%(※2)」等の数値が示されるように高い確率で発生が予想されている大地震。いつ起きても不思議でないという状況下で「自分の命を自分で守れる子どもを育てる」ことを目的とする防災教育事業と、マンションなど集合住宅住民に対する防災講座などを軸に活動をしています。

例えばマンション防災講座では、大地震が起こり電力や水道等のインフラが停止した場合、どういう行動をとればいいのか、日常生活を取り戻すための道のりはどんなものか-。集合住宅固有の課題と必要な備えについて、管理組合とともに住民の共通理解と合意形成を促す取り組みに力を入れています。

一方、子ども向けの防災教育を担う石田さんは「つきつめると、防災は生活そのものです」という方針でプログラムをつくっています。人間の力ではコントロールできない自然に対し、自分で考え自分で選択する力を育てるため、学校や地域・家庭の中で大人と協力しながら、主体的に行動できる子どもたちを育てる防災教育に取り組んでいます。

中学校の教員をしていたキャリアを持つ石田さんは、学校のカリキュラムや実情をよく知る立場と被災地支援の経験を組み合わせ、学校でも取り入れられやすいプログラムを提案しています。

例えば算数の中で、速さの公式を使い津波の速度を計算してみる。さらに体育の時間に走ってみて、自分の走る速度を図る。こうした「問い」をひとつでも授業に取り入れることが、防災意識を高めることにつながるそうです。

また、同じ神奈川県内であっても内陸や沿岸、郊外と都市部では備えが異なります。「災害によってどんなことが起きるのか、想像力を働かせることが第一歩です」と、伊藤さんは言います。地域特性に応じた防災教育のプログラムを地域に住む人を巻き込みながら、共に考えていくというスタンスで事業を展開しています。

地域に根差した、人と人をつなぐ活動へ

「『東北のこの(被災)経験を、神奈川で生かしてほしい』という言葉を忘れずに、大震災当時の現場で見てきたこと、現地の支援活動を継続するなかで、神奈川県では『どう備えるか』の視点を持ち事業を組み立てています」と伊藤さん。
かながわ311ネットワークでは資金提供等の寄付を呼びかけるだけではなく、地域や学校事情と、防災の知識を持つ防災教育ファシリテーター講座への参加など、「防災について考え、活動する時間を持つこと」を呼び掛けています。過去の大震災の経験から学び、地域に根ざした活動は、防災を軸に地域の人と人をつなぐ活動へと広がっています。

(※1)ボラステ事業の当時のホームページは国会図書館にアーカイブされています。
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8316764/ksvn.jp

(※2)出典:「水害・自身から我が家を守る 保険・共済加入のすすめ、地震災害、想定される大規模地震(内閣府/防災情報ページ)」
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/hokenkyousai/jishin.html

(取材・文/田中朝那)

寄付・活動についてのお問い合わせ

認定特定非営利活動法人かながわ311ネットワーク
URL: https://kanagawa311.net/
Facebook:https://www.facebook.com/kanagawa311net/
mail:info@kanagawa311.net

田中 朝那(たなか あさな)プロフィール

神奈川県在住。アメリカ、ニュージャージ州で幼少期を過ごし、帰国後も転校生として、新しい環境に飛び込む経験を何度か経験。地域にまつわる文化や時代に即した変化を感じながら、地域の在り方、コミュニティの役割・発信性に興味を持つ。現在は2児の子育てと仕事を両立中。育児休職期間中に、地域のコミュニティに子育てを助けられたり、学びたかったプログラミングを子連れでも学習する事ができ、「そこにある事を知る」事が行動に結びつく事を実感。何か自分からも発信できることはないかと市民リポーターに応募。