横浜市の原風景『谷戸』を活かし、人の心を育て次世代につなげる 認定NPO法人舞岡・やとひと未来

かつて、横浜市には「谷戸」と呼ばれる地形が多くみられました。「谷戸」とは、丘の間に刻まれた小さな谷間のこと。丘陵の最も奥から湧き出す水が「谷戸田(やとだ)」と呼ばれる水田を潤し、人々は周辺に集落を形成し自然や生物と共生してきました。横浜市環境創造局ホームページによると、かつて約3700ヵ所以上あった谷戸は、1994年には人口増加に伴う宅地造成などの大規模な土地改変が行われ、約3分の1が消失。その後も宅地化などで944ヵ所まで減少しました。(横浜市環境科学研究所「横浜型エコシティ研究報告 花鳥風月のまちづくり」環境研資料No.146 2002年3月発行)。また、同局によると横浜市内の緑化の割合を示す「緑被率」調査では、1975年度は45.4%だった値が2014年度は28.8%に落ち込みました。(2015年4月23日記者発表資料)。

谷戸の自然と文化を受け継ぐ

横浜市内の緑被率が年々減少し続けるなか、戸塚区の南東部に位置する舞岡公園(横浜市戸塚区舞岡町)は、28.5ヘクタールの広さを有し、横浜市7大緑地の1つに数えられます。昔ながらの谷戸の景観をとどめた市立の都市公園です。

この舞岡公園を35年にわたって運営しているのが認定NPO法人「舞岡・やとひと未来」です。今のような公園にしたいと思った市民団体が改称しながら、広く市民に対し、舞岡公園を中心に、自然体験・田園体験・古民家伝承行事等に関する事業を行っています。

先人たちが生活の中で維持保全してきた田んぼや里山と一体になった谷戸の自然環境を、谷戸で受け継がれてきた農文化や農体験と共に、大切に永く後世に引き継ぐことで、環境の保全及び社会教育の推進に寄与することが目的です。

発足したのは1983年。団体の前身、市民団体「舞岡谷戸研究会」(のちに「まいおか水と緑の会」に改称)が設立されました。理事長の小林哲子さんによると、現在の公園部分となっている土地を横浜市が「公園にしよう」という構想が持ち上がったことがきっかけです。

当時の構想は「30ヘクタール規模の都市公園」という枠組みの中での公園づくりでした。しかし、当時のこの規模の公園は、全国的にどこも同じような内容になってしまうという懸念が市民の間に広がったそうです。
『横浜市の原風景である谷戸の景観を壊すのはもったいない』と、市民が声を挙げ、署名活動を行ったのが始まりでした。

こうして「横浜らしい谷戸の風景を生かしたい」という市民の思いが結実して始まった舞岡公園。1993年には「舞岡公園憲章」を制定し公園入り口付近に掲げました。舞岡公園の谷戸を維持保全し後世に引き継ぐことが目的です。

事務局員の安田さやかさんは「人が手をかけて本気で守ろうと思わなかったら、谷戸は消えてしまうかもしれません。ですから私達は、『舞岡公園憲章』に記されている『私たちは、舞岡公園で自然とふれ合い、様々な生きものと共にあることを大切にします』という部分を非常に大切にしています」と話します。

例えば田んぼや畑では完全無農薬、有機栽培を徹底しています。大変な作業ですが、この憲章に基づいた活動として発足からこの35年間貫いています。「この姿勢を失わず続けていくことに価値があるのではないか、と思っています。共感してくださる方も、若い世代が特に増えています」。

農作業を体験してもらう

「舞岡・やとひと未来」は現在、理事10人・事務局員(理事と兼務)14人・正会員22人・ボランティアを束ねる指導員(準指導員を含む)27人・登録ボランティア420家族で構成されます。年間約800の事業を行い、年間延べ1万人の完全無償ボランティアが参加する大規模な団体です。

田んぼ体験部門が特色で、公園内に5393㎡ある田んぼで、代かき・田植え・稲刈りなど年間10~12回の作業を実施します。機械は一切使わず、すべて手作業です。

ボランティアのほか、近隣の小学校をはじめ、昨年は教育機関15校が年間米作り体験に参加しました。田んぼ体験の場合、幼稚園や保育園時代からここで体験をして、卒園後も参加するリピーターが多いのが特徴です。

毎年11月23日に開催される『収穫祭』も盛況です。今年26回目を迎え、毎年約2000人の来場者が訪れます。ここで収穫した作物が提供される人気のイベントです。

このほか、公園の自然と谷戸の景観を維持保全し、それを次世代に引き継ぐための人材を養成する講座「谷戸学校」は、開園当初からスタートし、2018年は第25期になります。1年間42講座を受講し、田んぼの1年間の作や公園内の生物に関する知識など、さまざまな体験をしながら学習します。

第1期から延べ約400人が卒業。受講者の年齢層は50代以上の男性が多く、最近は大学生が数人も参加。ある大学生は、小学校5年生の時に舞岡公園で田んぼ体験をし、その後大学で生物学を学びながら、この谷戸学校を受講して指導員として活動していました。ちなみに、前出の安田さんは第22期生です。

安田さんは、以前学校に勤めていた時に、授業で米作りをしたことがありました。その後、谷戸学校で「代かき」を体験し「田植え前のぬかるんだ泥をひっくり返す作業が、とてもきつかった。大きな丸太を人力で引っ張って歩きながら泥をならしていくのですが、泥が跳ね返ったりして」(安田さん)。舞岡公園での代かきを体験し「こういう本物の経験しなければ『米作りがどんなものなのか他者に伝えることはできない』」と実感したそうです。

本物の体験で若者に変化が

活動による具体的な手応えは確実にあるようです。以前、川崎市から授業で先生に引率されて参加した高校生数人は、当初は田んぼ作業にさほど興味を示さずスタッフともコミュニケーションを取ろうとしませんでした。

ところが、年配のスタッフから世話を焼かれながら農作業を始めると、彼らの様子は少しずつ変わっていきました。そして作業終了の頃には「『楽しかったー!』と目を輝かせ笑顔で帰って行ったのです。わずか2時間での大きな成果でした」。引率教員も谷戸の自然と人とのふれあいが与える影響の大きさに手ごたえを感じたそうです。

「青少年育成に力を注いでいるので、その人材と運営に携わっていただける若い世代にたくさん来てほしいですね」(理事長の小林哲子さん)。「舞岡・やとひと未来」はこれからも「横浜の原風景」の価値を次世代につなぐ実践活動に力を入れていく方針です。

(寄付・活動についてのお問い合せ)

認定NPO法人 舞岡・やとひと未来

〒244‐0813 横浜市戸塚区舞岡町1764
TEL/FAX : 045-824-0107
HP : http://maioka-koyato.jp/

和田香世 プロフィール

1970年東京生まれ。2年前、神奈川県茅ケ崎市に移住。フリーランスライターとして20年のキャリアを活かし、新しい地元・神奈川県に貢献したいと思い、市民レポーターを志望しました。