相談できる大人が身近にいる/ 学校図書館にある『ぴっかりカフェ』は生徒と社会の架け橋に NPO法人パノラマ

学校図書館という文化的な場所がカフェになる

青葉台駅からバスで10分。閑静な住宅街の坂道を登っていくと、神奈川県立田奈高等学校(横浜市青葉区桂台2-39-2、全校生徒675人)が見えてきます。この学校の図書館では、毎週木曜日に「ぴっかりカフェ」がオープンします。中心になって運営しているのは、NPO法人パノラマ(横浜市青葉区桜台)。パノラマの代表理事兼「ぴっかりカフェ」マスターの石井正宏(いしい・まさひろ)さん(49)は、生徒たちにとって、家族や学校の先生以外の「ちょっと距離を置いた場所にいる信頼できる大人」として、カフェを訪れる生徒達を見守っています。
教室2つ分程の広さの図書館で「開店」するカフェには、毎回200人以上の生徒達が訪れます。そして1回につき約8人、年間延べ260人ものさまざまな年齢や職業のボランティアが運営をサポートしています。
石井さんが、同校の個別相談員を始めたのが2011年のこと。相談室を訪れる生徒以外にも、学校のことや家庭のこと、経済的なことに悩みを抱えている生徒がいることに石井さんは気づきました。
石井さんは「生徒たちと何気ない日常会話を交わすなかで、悩みに気づくことができたら」と、相談室以外の場所を利用することを提案しました。
オープンな場所でリラックスした雰囲気の中で、悩みがある生徒たちも、周りから悟られることなく話をすることができます。このように、生徒との気負わない自然な会話から相談の糸口となる接点を見つけることができるようになったといいます。この取り組みがぴっかりカフェの原点になりました。
生徒の悩みを解消するには、教員たちとの連携は必要不可欠です。石井さんは、生徒・学校・先生との信頼関係を大切に、常に情報交換を欠かしません。学校側もぴっかりカフェの継続のために連携をしています。そして2017年12月、ぴっかりカフェはオープン3年目を迎えました。

自分の居場所を見つけてほしい。

田奈高等学校の図書館は日当たりの良い南側校舎2階にあります。音楽が大好きな石井さんは得意のウクレレを携えてやってきます。音楽とお菓子、飲み物があるこのぴっかりカフェは、高校の一室とは思えない何とも和やかでアットホームな雰囲気です。
「ボランティアというより、私自身が来たいから来ているっていう気持ちだよ」と、毎週手伝いに来ているという男性ボランティア。この男性が作った、この日のスープは「スコッチブロス」。聞き慣れない名前のスープのおいしそうな香りが、ぴっかりカフェ全体に漂います。
「スコッチブロスって何だ?」「スコットランドのスープらしいよ!」そんな高校生たちの会話が、あちこちから聞こえてきます。育ち盛りにもかかわらず、規則正しい健康的な食事がなかなか食べられない生徒もいるといいます。お腹をすかせた生徒たちは聞いたことのない名のスープの入った鍋を興味深々な様子で覗き込んでいました。
また、別のスペースでは、お菓子を食べながらボランティアメンバーとおしゃべりする高校生たちの姿も。ニックネームで呼ばれる生徒たちの表情は柔らかでリラックスしています。寄付されてきたダンボールいっぱいのお菓子や10本ものペットボトルの飲み物は、みるみる空になっていきました。
「夏には浴衣を数種類用意して、生徒たちに着せてあげたこともあったかな」と、頻繁に手伝いに来ている女性ボランティアの言葉からわかるのは「自分の子供と同じように生徒に接している」という自然体で温かい対応です。
「外国の手作りスープを料理して食べる」「浴衣を着る」という「文化的な体験」は、ここに来る高校生たちにとって、日常ではなかなか体験できないこと。ボランティアは、単にぴっかりカフェの「仕事を手伝う」という存在ではなく、さまざまな「文化的体験」を生徒たちに伝え、視野を広げるという価値ある存在です。
ある生徒は少し集団から離れ、カフェ後方で真剣に書類を記入していました。アルバイト先のスーパーで、4月から正社員として就職が決まったといいます。
「下に兄弟もいるし、借金をしてまで進学することは考えなかった」と、落ち着いた様子で話していました。
「生活の為に週に5日もアルバイトをしている生徒もいる。3人に1人くらいの生徒は、相対的貧困にある状態かもしれません」と石井さんは話します。 経済的な事情等「アルバイトをするから部活に出られない」「季節の行事を知らない」「修学旅行に行けない」という文化的経験の機会を得にくい生徒が実際にいます。「ぴっかりカフェ」は、生徒たちに普段あまり馴染みのない本や音楽、楽器などに触れ、文化的な体験ができる場所でもあるのです。毎週ぴっかりカフェに姿を見せる生徒がいる一方、未だカフェに姿を見せない生徒もいます。
石井さんはそういった生徒とは、先生や学校司書を通し、カフェ以外の場所でコミュニケーションを取るなど生徒の特徴に合わせて工夫しているそうです。
「自分から何か発信できる子はまだ良い方なのです」とカフェ発足当初から傍らで支えてきた学校司書で、パノラマ理事でもある松田ユリ子さんは言います。「発信できる生徒ばかりでないから、こちらがアンテナを張って気付くことが大切です。考えられない生活をしている生徒がいます。学校図書館を『相談もできる場』にすることは、当初から賛成でしたし、今ではなくてはならない場所だと思っています」と、取り組みには手ごたえを感じています。

すべての人をフレームインできる社会に

NPO法人パノラマは「すべての人をフレームインできる社会を創る」をミッションにしています。既存の社会フレーム(枠組み)では収まりきれない社会的弱者が、活き活きと暮らせるように事業を展開しています。
パノラマの原点は、代表理事である石井さんが、2000年から携わった引きこもりの若者の社会復帰支援活動です。しかし、当時の石井さんは「引きこもってしまってからの支援」に次第に限界を感じていったといいます。
「ひきこもりになってしまうきっかけは何だろうかー」。石井さんは引きこもりになるきっかけのひとつに、「孤立」が関係していることに気がつきました。学校内外での孤立に悩む若者の支援を続けていくうちに、縁あって田奈高等学校の個別相談員の仕事につながったそうです。

目に見えない問題を抱える生徒達

田奈高等学校は、様々な事情から持てる力を十分に発揮しきれなかった生徒を、積極的に受け入れています。そのため学力検査ではなく、面接や自己表現検査を経て入学できる、神奈川県のクリエイティブスクール(5校)のうちの1校に指定されています。
「卒業生がこのカフェに会いにくることもあります。学校って、先生の赴任先が変わるし、信頼している先生がいなくなると、もう足を運ぶことがなくなり、つながりは切れてしまいます。でも、ぼくは先生ではないのでぴっかりカフェに変わらずいるし、たとえ卒業しても、ずっと『母校』だと思って訪ねてもらえたら」と、卒業した生徒たちの話も交えながら石井さんは続けました。
孤立・中退、進路等さまざまな問題を抱えている生徒にとって、いざという時に相談できる「信頼できる大人」がここにはいる。そのことが、生徒達の社会への一歩を後押しする窓口になっているようです。

学校をカフェから開いていく

「学校という閉鎖的な場所を、風通しのよい開かれた場所にしていきたい。まずは気軽に生徒たちに会いに来てほしいですね」と、石井さんは明るい表情でボランティア募集を呼びかけています。
「生徒がどのように変化していくのか、それは長く時間のかかることだけに、変化が目に見えづらく、数値化することも難しいことです。でも間違いなく、田奈高等学校の中退防止につながっている」と、石井さんはぴっかりカフェを継続することに確実な手ごたえを感じています。「生徒と社会の間に架け橋を作ること。それが自分の使命です」という思いで、NPO法人パノラマは、多様な人たちの思いをつなぎながら、これからも「ぴっかりカフェ」の運営を続けていきます。

寄付・ボランティアのお問い合わせ

NPO法人パノラマ

横浜市青葉区桜台25-1 桜台ビレッジコリドールR1
TEL:045-479-5996
Mail:npo.panorama@gmail.com
URL:http://npo-panorama.com/

野地静香 プロフィール

神奈川県生まれ。就職後、仕事をしていく中で、相手の立場を考えて話すことの大切さを感じるようになり、休日を利用して東京アナウンスアカデミーに通い始める。卒業後はケーブルテレビの市民リポーターとして、地域に関わりながらさまざまな情報を伝えてきた。主婦となり、母親となった今、新たな視点で神奈川県の更なる活性化とより広くの情報を伝えていくことを目標にしている。