「海が好き」やがて「人が好き」になっていく。パパラギ“海と自然の教室”

ダイビングスクールが運営母体のNPO法人パパラギ“海と自然の教室”は、1999年設立以来、「もっと海を好きになろう!」をモットーに、シュノーケリングや生物との触れ合いなどを通して、海を守り共生する重要性を伝えてきました。プロのダイビングインストラクターによる安全管理スキル、指導力を活かして展開されている環境保護活動や海に親しむ活動など、0歳の赤ちゃんから高齢者まで参加できるその取り組みについて理事長の松本行弘さんにうかがいました。

ダイバーだからこそ、海の環境に危機感を抱いた

NPO法人パパラギ“海と自然の教室”は、ダイビングスクール「パパラギダイビングスクール」(神奈川県藤沢市 1986年開設)が運営する法人です。NPO法人設立のきっかけは、発足の5年前の1994年、2002年4月からの学校週5日制の施行にあたり、文部省(現文部科学省)から地域の教育力の発掘と活性化を図るための実験校として指定されていた、鎌倉市立第一中学校において講座を担当したのがはじまりです。

常に海に接しているダイビングインストラクターやダイバーの集まりだからこそ、次第に悪化していく、海洋環境に対する大きな危機感がありました。1人でも多くの人に、海での楽しみ方や海洋生物との触れ合いを通して、自然と共存し環境保護の重要性を理解してもらうことが必要だと感じるようになりました。

そして1999年、地域の学校との連携も視野に環境教育を進めていくため「もっと海を好きになろう!」をモットーに、NPO法人パパラギ“海と自然の教室”を設立しました。国内の海洋域における自然環境や生態系に親しみ、その自然環境の維持、保全を目的とした活動を通じて地域社会に貢献するとともに、広く一般市民に対して環境保護意識の普及、啓発を図ることを活動の柱としています。

理事長の松本行弘さんは「海に関するNPO団体を運営するうえで、母体がダイビングスクールであることは、非常に大きな特徴です。プロのダイビングインストラクターによる安全管理、初心者が自由に魚と泳げるまで教える指導力、大人数をまとめられるリーダーシップ、海に関する知識と経験が備わっています。学校からはこういう部分を信頼されています。」と語ります。

ダイビング歴30年の松本さんでも、海はいまだに知らないことが尽きないそう

 

0歳児から80代に海の魅力を伝える

パパラギ“海と自然の教室”では2019年度、海岸生物観察会・シュノーケリング教室・海洋についてのセミナーなどを開催しました。

海岸生物観察会は、身近な環境を守る大切さを感じてもらうのが目的で、2019年は960人が参加しました。神奈川県の鎌倉・材木座海岸と江ノ島岩屋そばの海岸で、4月から計8回実施し、大潮の日の干潮時にできる潮だまりで磯の生き物を観察します。

まず海岸で、危険生物についての知識を習得し、その後、実際に水に入って生き物を探します。出会った生き物の名前はその場で図鑑で調べます。年齢制限は設けておらず、過去の最年少は0歳児から最高齢は80代までと幅広く、どんな世代でも楽しむことができるため、毎年多くのリピーターが参加しています。ちなみに前出の0歳の赤ちゃんは現在中学生で、高校生の兄と母親とともにボランティアスタッフとして活動しています。「子供の成長過程で海や生き物に触れることは、人間形成のうえでとても大きな土台になると思います」(松本さん)。

海岸生物観察会で見つけたのは、アオリイカの卵

シュノーケリング教室は、7月から9月まで計25回、材木座海岸と、静岡県の伊豆・城ケ崎海岸で実施されます。対象年齢は10歳以上で、最年長は80代。基礎技術を習得して、直接海に入って海中を覗いたり波を体感できるのが魅力です。手軽なマリンレジャーですが、楽しむうえで基礎知識と技術を会得することは非常に大事です。海外や沖縄への旅行で道具だけ渡されて説明や指導などもなく、その結果、シュノーケリング時に大量の海水を飲んでしまって海が怖くなる体験をするなど、危険に遭遇した人も多いそうです。 

パパラギ“海と自然の教室”では、海を安全に楽しむために、まず基本である道具の装着方法から指導しています。運営母体であるパパラギダイビングスクールの利用者数は年間1万人を超え、ライセンス取得者は約1000人です。NPO法人で開催するシュノーケリング教室では、7月から9月までの期間中、2019年は300人を指導しました。「私達はそれだけデータを蓄積しているので、さまざまなタイプの方をお教えできます」と松本さんは長年のダイビング指導経験に裏打ちされた教室に自信を持っています。

NPOの活動を支えているのは、ボランティアスタッフの存在です。登録者数は約200人。もともと同法人のイベント参加者、海に関するボランティアを探していた人、パパラギダイビングスクールの利用客、学生が活動しています。約半数が年1回程度、残りの半数は自分の都合に合わせて参加しています。

個人の性格やどういう事ができるかによって役割を決めるので、誰でも参加できるシステムになっています。「スキルが特にない自分でも大丈夫かな?」「魚の種類を知らない」など不安な声が寄せられますが、「自分が楽しむ」ことがボランティア活動の大前提です。「もし自分の知らない魚がいたら、参加者の子供たちと一緒に調べればいいのですよ」(松本さん)。この他、シュノーケリング教室のプログラム「シュノーケリングインストラクターコース」を修了すると、同教室のインストラクターとして参加者に教えることができます。

ボランティアスタッフを希望する人は、最初は「海が好き」という理由でスタートし、やがて「人が好き」になっていくのが特徴です。なぜこのような変化が起きるのでしょうか?松本さんはこう分析します。「ボランティアスタッフは、自分が好きな海の素晴らしさを、参加者に頑張って教えることで、『ありがとう!』と笑顔で感謝される。それによって自分の存在意義を高めていきます」。やりがいを感じさせてくれるのは「人」であり、海はそのためのフィールドだと気づくそうです。参加者のなかには子供・高齢者・個性的なタイプや障害のある方もいます。接し方に配慮することで人を思いやる心が生まれます。「この作業を繰り返すことで『人が好き』になっていくのでしょう。そしてボランティアに接する参加者にも、優しさや思いやりが伝わっていくと考えています」(松本さん)。

海を好きになり「ごみを捨てない」意識を醸成

神奈川県は、SDGs(Sustainable Development Goals)の推進に力を入れています。SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」のことで、2030年まで取り組む17の目標を設定しています。神奈川県では、SDGs達成の一環として、2018年に「かながわプラごみゼロ宣言」を発表し、取り組みを進めています。プラスチック製ストローやレジ袋の利用廃止と回収を市町村・県民・企業に広く求め「2030年までにプラスチックごみをゼロにする」ことを目指しています。

パパラギ“海と自然の教室”は、この「かながわプラごみゼロ宣言」を支持しています。具体的には、マイボトルの推奨・水道水を使用したウォーターサーバーの導入・レジ袋の削減および紙袋への変更・サンゴに優しい日焼け止めの開発と販売・セミナーを通じた教育を行い、会員向け情報誌とメールニュースでの啓蒙に力を入れています。

ウォーターサーバーは、パパラギダイビングスクールの各店舗にも設置しており、マイボトルを持参した人なら通行人を含め誰でも水を補充することができます。また、これまでの日焼け止め剤の中には、化学物質にサンゴの発育を妨げたり白化現象を促進させたりする成分を含む商品がありました。ハワイやパラオでは、これらの日焼け止め商品を使用禁止にしましたが、パパラギではこれらの物質を含まない製品を開発しました。

松本さんは「海を好きになると『ごみを捨てちゃいけないよね』という意識に変わる。海の素晴らしさを1人でも多くの人に知っていただくための、私達の活動そのものがSDGsに資するものであると考えています」と語ります。

パパラギダイビングスクールに設置してあるウォーターサーバー

2020年5月には、事務所の近隣に新たな拠点をオープンする予定です。海と自然が好きな人が集まる場所として、店の奥には授乳室兼赤ちゃんの休憩室を作り、子連れでも気軽に海と親しめる活動ができるような環境を整備しています。

より多くの人に海の素晴らしさを知ってもらうために

パパラギ“海と自然の教室”には「1人でも多くの人に海の素晴らしさを知ってもらう」という理念があります。そのためには、寄付金や会員、参加者、ボランティアスタッフといった人材の拡充が課題になっています。

寄付金の用途は、ウェットスーツ・シュノーケリングセット・海岸生物観察会の教材費・ボランティアリーダーのためのEFR(応急処置)トレーニング教材の整備にあてられています。海での体験は、人と地球への思いやりにあふれる子供と若者を育みます。寄付金が増えることによって、ウェットスーツをサイズ別に数多くそろえたり、設備を増やせます。そうすれば、より多くの人が参加することができます。今後は手軽に寄付ができるように、クレジット決済のシステムも設置される予定です。

参加者からの紹介などによる新規の利用者も増えてきました。更に会員や参加者を増やすための取り組みとしてインターネットも活用しています。「シュノーケリング」や「シュノーケリング教室」等のキーワード検索では1位を記録中。一般市民の海に対する関心の高さがうかがえます。

松本さんによると、2020年1月下旬、伊豆の海にザトウクジラが現れたそうです。「今日はどんな生き物が見られるのかな?」と、常に興味が尽きないのが海です。プラスチックごみ問題や地球温暖化の影響等によって海洋環境は悪化しています。しかし、多くの人が海の素晴らしさに触れることで、人の意識、世界が変わることをパパラギ“海と自然の教室”は目指しています。

(取材/文 和田香世)

寄付・活動についてのお問い合わせ

特定非営利活動法人 パパラギ“海と自然の教室”
〒251-0055
神奈川県藤沢市南藤沢10-4
TEL : 0466-26-0088
FAX : 0466-26-7540
URL:https://umino-npo.com
MAIL:npo@papalagi.co.jp

和田香世 プロフィール

フリーランスライター。報道の現場で20年培った経験を地域に活かしたいと考え、市民ライターを志望しました。16年前、パラオでシュノーケリングを体験して以来、海の素晴らしさに目覚めました。