正解のない営み・介護と向き合う「エンゼルあきちゃん」

海老名市に2つのデイサービス事業所を構える、認定NPO法人エンゼルあきちゃん。その設立は、理事長の鹿島正和さんの妻・昭子さん(通称あきちゃん)が突然くも膜下出血に倒れ、介護が必要になったことがきっかけでした。介護という「正解のない営み」に、心と心で真摯に向き合う理事長の鹿島正和さんと、団体の設立を後押しし、運営を支え続けている理事の鶴川よし子さんにお話を伺いました。

認定NPO法人「エンゼルあきちゃん」鹿島正和理事長(写真左から5人目)、あきちゃん(写真左から2人目)、鶴川よし子理事(写真右から2人目)(写真提供:認定NPO法人エンゼルあきちゃん)

突然訪れた妻の入院

大手自動車メーカーに勤めていた鹿島さんは、2003年10月27日、自宅からの突然の電話で、昭子さんがくも膜下出血で倒れたことを知ります。昭子さんは緊急手術で一命をとりとめ、一旦は意識が回復したものの、感染症のために2カ月で4回の大手術を繰り返します。緊急手術の1週間後には、医師から会話ができなくなる可能性・右半身不随の可能性・車いす生活か悪くすると寝たきりになる可能性などを告げられました。

このことで、鹿島さん一家のそれまでの生活が一変します。結婚して30年。子どもたちが物心ついたころから、どちらかといえば家庭を顧みずに仕事に邁進していた鹿島さんは、突然訪れた介護と家事の両立に四苦八苦してしまいます。通帳やカードの場所もわからず、家事をやろうとしても、洗剤の量・掃除機のゴミ袋の交換方法・お米の研ぎ方・食材の買い出し量や頻度など、衣食住にわたって分からないことばかりで、最初は戸惑うばかり。それでも、「交代で病院に行こう」といってくれた子どもたちの協力で、家族一丸となっての闘病生活が始まりました。

すべては妻のおかげ

鹿島さんは、1年間の介護休暇を取得し専業主夫になりました。その間、昭子さんの介護と家事に奮闘します。放送大学の通信講座で介護を学び始めるものの、現実は座学と違い苦労の連続でした。しかし、会社の元同僚の手助けや、放送大学で知り合った先輩からの励ましを糧に、夫婦二人三脚でリハビリを続けた結果、退院時に要介護4だった昭子さんの運動機能は1年後には要介護3、3年後には要介護2へ回復しました。そして、要介護1を経て3年前には要支援2まで回復しています。 一方、夫婦で介護をテーマにした集まりに参加すると、自分と同じ境遇の人や介護を必要とする人が想像以上に多いことに衝撃を受けたと言います。

鹿島さんは、「友だちはテレビです」という要介護の人の多さに心を痛めました。「誰かがどうにかしなければ、要介護の人がどんどん増えてしまう」という危機感を感じるようになります。

そして、周りの人から助けてもらったり相談したりするなかで、次第に福祉事業への関心が高まりました。「もし会社を辞めるとしたら退職金はこの人たちのために使いたいと考えるようになった」と言います。そして、昭子さんの緊急手術から2年後の2005年10月、鹿島さんは会社を退職し「エンゼルあきちゃん」を設立します。妻の名前からつけられた団体名には、初心を忘れないという思いが込められています。

それから15年、介護施設の運営を続けてきた鹿島さんは今「妻の介護がきっかけでいろいろな気づきがあり、感謝している。すべては妻のおかげ」と振り返っています。

鹿島さんの楽しみは敷地内にある鉄道模型の充実化。(写真提供:認定NPO法人エンゼルあきちゃん)

NPO設立を実現に導いた鶴川さんの存在

鹿島さんの事業を支えている理事の鶴川さんは、元々会社員時代の同僚でした。鹿島さんよりも先に腎臓病だった夫の介護を経験していた鶴川さんは、世話になった周囲への恩返しの気持ちと、要介護者の心のケアをしたいという思いから、ヘルパーの資格を取得し介護業界に入りました。

懇意にしていた鹿島さんが妻・昭子さんの介護を始めた時には、その介護をサポートし、福祉事業を始めたいという話を聞いた時には、鹿島さんの背中を押し、物件探しを手伝うなど、その実現に向け自然に手を貸していました。

エンゼルあきちゃんでは、鶴川さんが主に介護現場を、鹿島さんが事務や送迎を担当し、多くの人を受け入れられる体制を整備し、利用者との関係を築いてきました。鹿島さんは「鶴川さんが介護現場を守ることで安心して分業できている」と、鶴川さんへの信頼を語ります。

エンゼルあきちゃんのデイサービス

デイサービスでは敷地内の畑で採れた野菜を使うなど、手作りのご飯に力を入れています。(写真提供:認定NPO法人エンゼルあきちゃん)

「エンゼルあきちゃん」の主力事業は、デイサービスです。要支援1〜2から要介護1〜5まで全ての段階の人を受け入れる体制をつくり、他で受け入れ拒否となった人も受け入れる努力をしています。

最初の事業所「デイザービス エンゼルあきちゃん」は、2006年8月1日、会社員時代の同僚も多く住む海老名市国分寺台に開所しました。2つ目の事業所「デイザービス エンゼルあきちゃんⅡ」は海老名市大谷にあります。どちらも「あきちゃんハウス」の愛称で呼ばれている一軒家を利用した施設で、1日の利用者の上限は、国分寺台事業所は10人、大谷北事業所は13人です。スタッフはパート職員なども入れて35人ほどが在籍しています。

奇跡を起こす「あきちゃんマジック」

「あきちゃんハウス」では、「あきちゃんマジック」と呼ばれる「奇跡」の話があります。デイサービスを始めた頃、ある医師が車いすを使っている母親を1〜2か月「あきちゃんハウス」へ預けることになりました。鶴川さんは、最初に訪れたときの女性の姿を見て「少しならば立ったり歩いたりできるのではないか」と感じたそうです。

介護現場を預かる鶴川さんは「できることは自分でやってみる・悪いことをわかっているのにする人にはきちんと注意する」ということを、介護方針にしています。通い始めたころ、個性が強かったこの利用者の女性と鶴川さんは、顔を合わせれば衝突する場面も多かったそうです。

そのため、女性は注意されるのが嫌で「あきちゃんハウスに行きたくない」と言っていたのですが、時間の経過とともに理解しあえることも多くなってきました。本気で向き合ってくれる鶴川さんに心を許していったのです。

信頼関係ができたと感じた鶴川さんは、少しでも歩いてもらえるように、自然と歩く練習ができるよう少し離れたところにお菓子を置くなど、工夫しながら接しました。そしてあるとき、医師が自宅の2階で論文を執筆していると、なんと1階にいたはずの母親が後ろから話しかけてきたというのです。それまで歩けなかったのに、階段を上ってきたのです。

医師は、このことを「あきちゃんマジック」と呼び、鶴川さんと鹿島さんに報告しました。見守るだけでなく、能力を見極め、残っている能力が落ちないように接しながら、できれば改善を促す工夫をしてきた鶴川さんのおかげで、このような「奇跡」が起きたのでしょう。

その後も、無理だと思われていたことが改善するという現象が「あきちゃんハウス」では起きています。最初は無表情だった利用者がいきいきとした顔で帰れるようになったり、無気力で何もしなかった人が靴をきれいに並べるようになったりと、さまざまな変化が起こるようになりました。

「あきちゃんマジック」は、介護者としてではなく、1人の人間として向き合っている鶴川さんの姿勢が起こしたものなのかもしれません。「介護は決まり切った正解のないもの」と考える鹿島さんは、鶴川さんのこのやり方を信じていると言います。介護現場で、1対1で向き合い続ける鶴川さんは、利用者を全員、思い出ごと振り返ることができるほど深い関わりを築いています。

人と人がつながることで実現する介護予防を目指す

ある日の手作りのお弁当(写真提供:認定NPO法人エンゼルあきちゃん)

「要介護者を減らしたい」という目標を掲げる鹿島さんは、自身の大変な介護経験から、自分や妻と同じ人たちを作りたくないと考えています。そして仲間の大切さを感じ、他世代の老若男女がつながることが、介護予防の実現に1歩近づくことだと思っています。現在、その思いを実現し介護予防に取り組む新しい施設づくりの構想を練り、新事業所の開設を目指しています。

その一歩として、キッチンが充実した新事業所を開設して、弁当事業の拡充を考えています。現在は、2つの施設利用者と送迎ルートの範囲内で希望する個人宅へ、手作りのお弁当を月に100食ほど提供していますが、他にも提供を希望する人がいることから、正式に事業として立ち上げようと動いています。温かいお弁当を配達して頻繁に顔を合わせることができれば、見守り活動にもなり、介護者やその家族が地域とつながることも可能になると考えています。

物件の提供や寄付のお願い

広い庭で季節ごとのイベントも。この日は餅つき。(写真提供:認定NPO法人エンゼルあきちゃん)

現状で最も苦労しているのが、その新たな拠点となる空き家探しです。「わが家のような雰囲気」でサービスを提供するには一軒家が必要だと考えている鹿島さんですが、家賃などの金銭面や近隣の理解を得る難しさもあり、物件探しに難航しています。空き家を格安で提供してくれる人、もしくは情報提供してくれる人を広く募集をしているところです。

また、「エンゼルあきちゃん」では、寄付や会員制度といった金銭的支援、パート職員をはじめ、無償・有償ボランティアといった人的支援など、さまざまな支援をホームページで呼びかけています。「その人に合った形で、団体を支援することで社会参加や地域とのつながりができ、介護や介護予防について考えるきっかけになれば」と考えているそうです。

(取材/文 小澤貴恵)

寄付・活動についてのお問い合わせ

認定特定非営利活動法人 エンゼルあきちゃん
(大谷北事業所/エンゼルあきちゃんⅡ)
〒243-0419 神奈川県海老名市大谷北2-23-50
TEL 046-233-4525 / FAX 046-233-4526 
(担当 総合窓口:つるかわ/NPO関係:いこま(非常勤))
携帯 080-5989-3256(つるかわ専用)/080-5989-3255(かしま専用)
e-mail npo-akichanz@fitcall.ne.jp
URL http://angel-akichan.jimdo.com/

小澤貴恵 プロフィール

神奈川県生まれ、神奈川県育ちで、地元が大好き。救援活動でNPO法人という言葉は聞いたことがあってもくわしく知らなかった私が、地元で頑張っている団体を応援する気持ちで記事を執筆しました。